3年日記を書きながら、もう少し利己的になろうかいね〜とか思っていた。ふと右上(去年の8/18)が目に入ると、利他的な人たちに感謝をしていた。利己とか利他とかも言おうと思えば、それっぽいこういう在り方がいいよねとかは言えちゃうけど、そういう話はしている時の気持ちよさで話しているだけのことが多い気がして、安易に話したくなくなる。話しがちでもある側だから自戒している。
だからここでいう利己も利他も言葉にできていないところであらゆる感覚と感情がそこにはある上で、当てはめとして一旦使わせてもらっているという感じ。公正公平平等みたいなよくある図とかが嫌いなのはそういうとこ。
その図であっているかもだろうけど、それだけだとそれで話終わっちゃうじゃんみたいな。で、そういう話は気持ちいいから言っているみたいな感覚だなと自分がやってしまう時を振り返ると思う。